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今日も誰かの誕生日

01.29.2015, apoptosis, bun, by .

「なにしてんだアンタ」
いつも通りノックもせずに部屋のドアを開け放つと、いつも通りの奇行にしか見えない光景が広がっている。頼まれてドアを再度閉じると暗さが増した。
いつも通りでないのは、妙に色彩が多いことだろうか。人数に対して不釣り合いなシャンパンの瓶に、グラスがひとつ。開いたファストフードの紙袋から覗くジャンクフードは冷えて固そうですらある。
使いもしない紙細工はクラッカーというのだと暗がりのなかで聞こえた。見かけのわりにうるさいんだよ、昼間鳴らしたらびっくりしちゃった!
「なにって見た通りだよ」
ケーキは分けることを考えてもいないのか削ぎ取られるように減っている。キャンドルがいくつか几帳面に刺さっている。隣には今では珍しいオイルライターが一つ。
横滑り窓を覆う薄いセンサカーテンは室内外の光源量から夜と認識してより部屋に影を落としている。
部屋の主は無機質なコンクリートの薄暗い部屋に浮かび上がる安っぽいプラネタリウムの光の発生源を抱え込んで、部屋の真ん中でにやにやとしている。
「それが分かんねえから聞いてんだよ。ケーキにキャンドル?誕生日でもあるまいし、そもそもアタシらにはあってないものだろ」
「つまんないこと言わないでよ、ミヅチちゃんだって楽しいこと好きでしょ」
笑みを崩さないまま大袈裟に身振りをし、その度に手元の光源に影が差しこみ部屋の星空がゆらゆら揺れる。
「誰かの誕生日を祝ってんの。だって楽しそうじゃん」
嬉しそうに外で聞こえたんだ、ハッピーバースデー!

「祝われている人もそうでない人も誰にも誕生日があって、でも誰もみんな誕生日でなければただの日常に過ぎないんだってさ。気の毒だなって思って」
「ちっとも気の毒そうには見えないけどな。シャンパン寄越しな」
立ったまま瓶を無造作に掴んで仰ぐように飲めば、口を尖らせながらも楽しそうにファストフードの袋も差し出される。
「おれ何か不思議な気分になっちゃってさ。その日ってすぐ終わっちゃうんだよ。時間だけがさっさと過ぎてもう夜になっちゃったし」
軽い電子音と共に部屋唯一の光源が消えうせ、暗がりのなかミヅチの動作指示に反応させてセンサカーテンが月明かりを透過させる。わざとらしい星明りは消えたが、微かに差し込む月明かりと冷えた空気が部屋に広がる。オモチャを置いた名無しが窓の方に身を寄せると髪が、死人のような肌が浮かび上がる。
「でも変なことにちょっと楽しいままなんだよね。今日誕生日の人にとって明日はいつもの毎日で、そんで明日もまた誰かが誕生日で」
祝うことはないけど。そこまで言ってまたニヤついて腰に刃物を引っかけ、窓のロックを外すと大きく開け放ち外に出るべく身を乗り出す。

「だから毎年繰り返すんだろ」
「ミヅチちゃんもそう思う?だから楽しいんだろうね。いいなー誕生日!ハッピーバースデー!遊んでくる!」
そうしてまたいつも通り頭の痛くなるような言葉を残してするりと視界から消える。
散らばったまま殆ど手のついていない食品やオモチャを一瞥して大袈裟に溜息を吐いた。

「…ガキども呼んで喜ばせてやるか」
今日は誕生日のない連中の誕生パーティーだ。

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本編もなにもないままですがミヅチは口が悪い
キリンジの同タイトル曲聴きながら
どこかの誰かもおめでとう

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