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名をなくした新人類

04.19.2014, apoptosis, bun, by .

某賞に出した文章が発掘されたので 昨年冗談抜きで三晩でジョバンニ(自分)がやらかしてくれました 少し長いのでたたむ

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ビープ音が頭の中で鳴り響く。ああ、今日だけでどうしてこんなエラーばかり起きるのだろうか。
体中に亀裂が走り、痛覚回路が働いている。よろめくと色のついたオイルがきらきらと明かりに反射している。普通の回収作業なら、こんなことはされない筈だった。
処理できないことがあまりに多くて、視界にまで乱れが生じる。
どうしてぼくはこんなに疑問を持っているのだろうか。どうして。

 

ノイズの混ざった視界に文字列が並ぶ。脳の個体情報チップデータが文字化けを起こしながらも、その一文だけははっきりと表示されている。
『少しずつ、少しずつの変化の果てに、彼らは自分たちが何を失ったのか気づかなかったことは、新たな人類の始まりであるとともに、かつての人類の終わりだったのでした。』

 

 
―――
この文書を「拾った」のはつい五分前の出来事だった。配属された仕事も定刻通り終了しに帰路につく。
そんなぼくの頭のデータサーバに突如舞い込み、勝手に読み込みを始めたその文書は随分と古い。きっと昔の教育データかなにかだろうが、すくなくともぼくが『教育』のプログラムをインストールされたときのものよりも古いのは確かだ。脳内から検索データを参照してみるも、参照結果はこれだけだ、『該当する記事は存在しません。』
そんなぼくの処理の固まりをよそに、昔話が始まった。

 

最初は、ほんの少しの進歩でした。
死と密接だった私たちは、昔から他に犠牲を出してでも祈り、拝み、思想のなかに「生きたい」と願っていたのです。
やがて知能が備わり、自然が我々にとって解明できるものだと知った時に、私たちは『ニンゲン』という生き物になったのです。
人間が少しでも長く生きようという意思が生まれ、そこから医療が発生したことがすべての崩壊への始まりでした。
毛皮も殻も持たない人間はいつだって脆く、自然を破壊してまで守られた環境のなかでも、たやすく死んでしまうのです。さらには歴史とともに、同じ生きる上で違えた思想同士がぶつかることも多くありました。人間はいつだって絶対的な答えがひとつでなければ不安だったのです。

長い長いぶつかり合いの時代を経て、人類はある一つの結末にたどり着きました。
恐怖の根本は死という見えない敵だということです。
生きてきた意味の消えてしまうことを恐れて、人びとは思想を、宗教を、神様をつくって戦っていたのですから。

『どうやったらいつまでも生きることが出来るのかを考えることにしよう』
ある一人の政治家の言葉に国境線を越えて賛成の歓声が沸き立ちました。歴史のなかで培われた人を殺す研究が、人を生かす研究に変わったことは、新たな進歩と言われました。世界中の頭の良いひとが集まり、額を寄せ合って考えました。
それまで動物実験で得た多くの遺伝子情報をもとにヒトの細胞がつくられ、手足が補われました。培養された臓器がおさめられ、交換も簡単に行うことができるようになりました。
もちろん数え切れないほどの問題も発生しましたとも。高いお金を払えない人だって生きていたかったのですから、新たな戦いも起きました。また別の人の体の一部を使うことは、想像していた以上に大変なことでした。相性が悪ければ次の苦しみもあったのです。
そうやって苦節し、少しずつ私たちは進歩してきました。
それでも生きている以上、人間も老いていきます。怪我や病気の恐怖から解放されると、今度こそ人びとは頭を抱えました。生き物としての摂理を外れることも、その方法を思いつくこともそれはそれは大きな壁だったのです。
あるとき、人間は苦悩の果てに思いつきました。
「いっそ機械の体になればいいんだ。ヒトだって進化はする。そうだ、ヒューマノイドを実在のものにしよう」

我々は昔からヒトの形をしたロボットに憧れていました。
物語が語られれば未来の技術として組み込まれ、沢山のヒューマノイドたちが空想のなかで存在していました。個体差がなければパーツを簡単に交換することができ、死の恐怖もないその姿は我々が目指すものそのものでしたから。
だからこそ、思いついてからは文明はめきめきと発展しました。
後にこの時代を、『ヒューマノイド紀元前』と呼ぶこととしました。
沢山の単語を検索しその度にエラー音を鳴らし続けていた脳のデータベースが、ヒューマノイド紀元前でようやく鳴りやんだ。
元々の人類とは、ぼくとは いや「ぼくら」ヒューマノイドとはとてつもなくかけ離れた存在だったようだ。
恐怖も思想も宗教ってやつも、そして『神様』もぼくらのデータには存在しない。それらが検索にかけられ、唯一残った答えは軽いビープ音が一回、二回、三回、四回。つまり「エラー」だけだ。
記録として裏付けのないデータに、偽証データとも疑ったがどうやらすべてが嘘というわけでもないらしい。カネのシステムは一般普及ヒューマノイドには与えられていないがごく一部の旧人類の意識を引継ぎ続けた金持ち、もといモノ好きのひとたちには流通している。ぼくらには臓器も手足も存在するし、教育プログラムのデータによれば2810年にはヒューマノイドは別名となり、正式には新人類としている。制定された後も何度も改善を重ね、ぼくの型である82-Kは50年前に完成後、現在のメイン型番だ。3世代より古い型は体を交換か、脳の処理部品が擦り切れていれば回収され、またパーツが解体されては巡る。
人間とはそうであるとデータにあるし、だからこそこの旧人類(が残したであろう)文書は妙に引っかかった。死ぬって意味はどうやら「回収」が現在の適切な表現らしいが、それに抵抗する理由というものはどう計算しても答えが出てこない。
新人類にとって死ぬ事は管理されたことだからだ。

 
体が悪くなれば中身を交換し、人として死んでしまいそうになれば病院で聞かれます、
「注射にしますか。いっそ体を交換してしまいますか」
お医者様が扱うものが、生身から新素材のプラスチックになり、人工血液と呼ばれるものはオイル漏れが分かるように、なによりヒトとして生きるように色のついたオイルが混ざっていきました。
「医療」が新たにつくられると、よりよい体を求め、人びとが押し寄せます。保険適用とともに安くするために作られた体は規格が統一されて、ほとんどの人が似たような容姿になりました。
クローン技術を用いていたために倫理を唱える人や、服を着替えたマネキンのようだと大声で詰り、叫ぶ人もいましたが、いざ自身が必要になって恩恵に授かると、いやぁ、と言ったぎり照れたように大人しくなりました。誰だって死にたくなかったのですし、それが受け入れられない人は旧人類のまま生涯を終え、消えていくだけです。
そうやって思考が整理され、お金持ちのひとだけが娯楽としていろいろな機能や容姿を着換えるように楽しみました。一般人は知らず知らずのうちに考えることをやめ、恋をしたり、個性を持ちたがったりしなくなりました。
新しい型の体になるたびに名前も変わり、果たしてその名前が、昔から持っていたものか、いつの間にか与えられていた名称なのか、誰もがとんと無頓着だったのです。
頭の処理ができなくなったら回収される。それが死と思っている彼らはすり替えられたものだと気づかないことで永遠を知ってしまい、彼らは満たされたのでした。満たされて、考えることはシステム処理になりました。進化したいと願うことをやめ、人、物、金、知恵すべてが統一されていったのです。

 
すべてが計算づくで当然の今の世の中で、こんな話は聞いたこともない。文書処理に「思考」が偏ったので足を止める。この話が事実なら、どうやらぼくらの当たり前は昔は違ったと言える。
しかし同時に分からないことが多い。今はその言葉が変わったのだろうか。それとも野蛮と括られて消されたプログラムか。はたまた現在には存在しない概念なのか。
途中からちらほらと持っている情報と符号こそすれどとても祖先とは思えない生き物だった。
進化だの個性だの、恋だの、確実に処理をこなす上で無駄となったものたちをひどく好んでいたらしいではないか。

肌が寒さを感知して、周囲の薄暗さに気づく。時計を見ると午後6時を回っている。今月に入ったときはまだこの時間も明るかったが、先週末から今年も冬の夕暮れの時間になるように季節を切り替えたとニュースが入っていた。
この文書を拾った時はまだ他にも人がちらほらいたが、見渡すとぼくひとりが立ち止まっている。こんな『冷える』空気のなかバグをもらって風邪なんて引いたら予定が狂ってしまう。
クローンを基に新素材で作られたから、プログラムにバグが引っかかれば体内組織がエラーを起こす。意見こそ違えど、ぼくらヒューマノイドは人類だから風邪も怪我もするのだ。それを捨てることは人間ではないという結論も出されている。
帰宅命令により再び止まっていた足を動かそうとすると、後ろから声が聞こえた。
「お兄さん」
変な呼ばれ方にぼくは振り返る。型番あるいは個体番号が一般的だろうに、ああ、今日はエラーが多すぎる。
ここ数世代の型の容姿にも声帯にも当てはまらない風貌をした「少年」は、人工頭髪は伸びないにもかかわらず目元までが隠れている。しかし大きく弧を描いた口元が、より対照的に彼の感情を伝えていた。
「それ、読んだの」
「それって、なにを」
「旧人類の思い出。とでも言おうかな」
どうしてぼくの頭のデータにあることを知っているのか。楽しそうな様子に感情回路も不審感を伝達した。
見れば服に覆われてない部分だけみても貧相な肉付きで、平均的な健康体をイメージして作られている点でも欠陥的である。
「キミは新型かなにか」
あるいは欠陥型の起こしたエラーか。そう口に出さずとも結論づけていたぼくの頭を再度垣間見たように「ちがうよ」と言って軽く口を尖らせた。脳内を干渉されている様子はないが。

どうやら本当に欠陥らしい。ぼくの個体が作られて21年のあいだにいくつかの旧型とも会ったが、思考プログラムはそこまで変化がなかった。
服装も季節に一致しない。季節に合わせて着込まれたぼくらと違ってまるで温度の感覚がないようなごく薄着である。腰には薄く平べったく、体の半分近くありそうな長いホルダーがベルトに沿うようにして引っかかっている。
もしかしたら次世代ヒューマノイド開発研究施設から逃げ出したか。
「それを読んで、何を考えたのかな」
「考える、」
処理する、のことだろうか。条件は一致する。
「二日前に脳処理確認テストをしたさ。問題はないよ」
「違うよ。既存のデータから処理するっていうのは考えることの一角でしかないんだよ」
会話が噛み合わない。ひっきりなしに起きる処理エラー通知に己の頭も疲れてきたようだ。頭部でパチパチとごく軽くはぜる音が聞こえる。
「ううん、やっぱり考えるっていうのはまだ無理かな。でももう少し時間をあげるよ」
「何を言っているんだきみ」
「よく考えてみて。新しい型が作られるたびに、処理条件の情報が増えていることに疑問を持たないのはどうしてかな。その処理を増やす方法だってキミ達には無理だし、執拗に肉体面の人間らしさにこだわるのもどうしてかな。不確かな情報が無駄だと思うように、体をもっと便利にすればどこまででも変わっていけるよね」
よく考えてみて。もう一度その言葉を繰り返したぎり、黙って立ちつくしている。
この形であることは人間として必要なこと。感情だの、不確かな条件情報と同じ扱いだということが理解できない。
頭が「痛く」なってきて、頬が火照る。処理条件を求めようとしても、検索にかける文字列が与えられていない…――。
パチンと一度大きな音を立てて、脳のデータベースが処理落ちした。結果がない、結論がでない、という音情報が喉から漏れる。
ただうすぼんやりとしてきた視界で件の文書データが出力を続けている。そして破綻していた問題を投げかけてきた少年が、一歩一歩近づいてくる。手には腰にあったホルダーと同じくらいの大きさの刃物を持って…。
「やっぱり今回も駄目だったか」

 

―――

「死んで」しまったヒューマノイド82-K型、個体番号1792-K89を眺めていた子供はため息混ざりに刃物をしまう。
脳のデータが摩耗した、型落ちした程度なら普通に回収すれば良いのだが、脳に負荷がかかりすぎて完全にショートしてしまうともう駄目なのだ。理性プログラムまでが壊れてしまうと施設の一般員には回収するには危険すぎるからである。こうやって壊してしまってから回収してもらう。
こうやって型が開発され、普及によって安定する度にこの行動を繰り返してきた。体を機械混じりにして後も、まだ次の目標を持って人類は悩み続けていたのである。
最初から脳だけをその時代の発明品に移行させ、生き延びた「旧人類」の学者たちがなお日夜研究を繰り返している。少しずつ実験からデータを増やして、より完全な人間の完成を目指して研究を続けている。この世界のシステムを作っているのは、いや、今現在人間として生きているのはこうして考えることを残されたごくわずかな人数の者と、補佐するクローンたちのみであった。

 

やがて次世代ヒューマノイド開発研究施設のクローンたちがやってきて、回収処理を開始していく。

足元に落ちている断片データを拾い上げる。彼の災難の原因となった過去の歴史データ。
『少しずつ、少しずつの変化の果てに、彼らは自分たちが何を失ったのか気づかなかったことは、新たな人類の始まりであるとともに、かつての人類の終わりだったのでした。』
ゆっくりと空気に触れて風化していくその文章も、壊されたこのヒューマノイドとともに電子の波にのまれ消えてしまった。

「結局人間が完全に『新人類』となるのはまだまだ先の話になりそうだなあ」

 

 

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apoptosisネタに絡めて書けばすぐ書けそう設定考えるのが楽しそうだなって思いながら書いたけどもそうでもなかった まったく手直ししてないので誤字脱字を見つけたら後日そっと直しているかもしれない

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